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名古屋家庭裁判所 昭和48年(少)3329号 決定

主文

少年を保護処分に付さない。

理由

(非行事実)

少年は、×金×志(当時二一才)、×藤××夫(当時二三才)、×川×政(当時二三才)、×藤××男(当時二一才)と共謀のうえ、昭和四八年九月一六日午後八時頃、愛知県××郡×××町大字××字××××地内林道において、上記×金×志が虚言を弄して誘い出した女工員×田×子(当時一六才)に対し、それぞれ「やらせよ、ほいでないと殺すぞ」等と言つて脅迫し、その場に同女を引き倒して手足等を押えつける等の暴行を加え、その反抗を抑圧したうえ、交互に同女を強いて姦淫し、その際同女に対し処女膜新鮮裂創の傷害を負わせたものである。

(適用法令)

刑法一八一条、六〇条

(処遇)

一  本件非行はその手段、被害者に与えた精神的打撃ともに悪質重大であるが、少年は追従的であるうえ、非行に対する反省の態度が顕著であり、被害弁償の示談も成立している。

二  少年には過去に格別の非行前歴がなく、それ程の性格的偏りも認められない。少年の家庭は、父がトラツク運転手、母は農業の手伝いやパートタイマーとして働いているが、昭和三四年の伊勢湾台風により家屋が倒壊したため納屋を改造したようなバラツク建ての家屋に住み、また、昭和三六年頃父の業務上過失致死事件についての損害賠償のための多額の借金等により経済的に困窮し、父母は生活に追われがちで、少年との対話等による指導にやや欠けるところがあつたことが窺われる。少年は、中学生当時から前記のような住居の状態に劣等感を抱くようになり、また、昭和四八年三月中学校卒業後家計を扶けるために高校進学を断念して父の勤務先である伯父の経営する運送会社で運転助手として働くようになつたが、少年なりの向上意欲を有しながら、高校進学の希望が果せなかつたことに対する挫折感があり、また、職業を通じて現実の生活を着実に形成するという態度についての学習が不十分で、将来の具体的展望も持ち得ず、同年七月頃から当時職場の先輩であつた本件共犯者×金×志らに夜遊び等の不良交遊に誘われるようになり、追従的に本件非行を犯すに至つたものと認められる。

三  当裁判所は、適切な問題点の指摘と指導により少年自身の生活態度と父母の教育的態度の改善にある程度の期待がもたれたため、昭和四八年一〇月一二日少年を在宅試験観察に付してその動向を観察したところ、その成績は概ね良好であり、少年は予てから希望の自動車整備工を目指して昭和四九年四月から職業訓練校に入校する見込みである。

四  以上のとおり、試験観察の経過、少年の現況等に照らすと、現段階においては、少年には再非行の危険性は少なく、敢えて保護処分に付するまでの必要性はないものと認められる。

五  (証拠の排除について)

(1)  少年の司法警察員に対する供述調書は、後記理由により違法な身柄拘束の状態のもとにおける違法な取調べに基づいて作成されたものであると認められるので、これを非行事実認定のための証拠として採用しない。以下その理由を述べる。

(2)  当審判廷における少年および父××××の供述、証人×田×、同×崎×光の各証言、愛知県半田児童相談所長の照会回答書および検察官×野×巳作成の釈明書を総合すると以下の事実が認められる。すなわち、少年は、昭和四八年九月二一日午前七時四〇分頃自宅から警察官数名により単身愛知県半田警察署へ任意同行され、同日午前八時三〇分頃から午後七時頃までの間本件非行事実について取調べを受け、その間、同日午後四時四五分頃同署警察官が少年について半田児童相談所にぐ犯不良行為少年として電話により通告し、かつ、児童福祉法三三条一項による一時保護の委託を受け、上記取調べ終了後少年を同署保護室に一時保護として留置し、翌九月二二日午前九時二〇分頃一時保護を解除し、同日当裁判所に事件送致と共に少年を同行し、即日観護措置決定(少年法一七条一項二号)がなされた。なお、少年が前記のとおり自宅から同行される際には少年の母が居合わせたのに、同女は警察官から少年を同行する理由を何ら告知されず、また、少年に同伴して半田警察署へ出頭すべき旨の要請も受けず、その後当日の夕刻、少年の父が同署へ問い合わせた際に警察官から少年を一時保護する旨および明朝九時頃までに同署へ出頭するよう指示があつたにすぎず、結局、少年の取調べと一時保護について、両親に対し、予め事情説明もなく、取調べに立会う機会も与えられなかつた。

以上の事実を認めることができる。

(3)  ところで、証人×田×、同×崎×光の各証言および前記釈明書によれば、上記捜査の経過は次のように説明されている。すなわち半田警察署警察官が同年九月二一日朝少年を自宅から同署に同行した理由は、強姦致傷被疑事件(以下単に本件被疑事件という)の被疑者としてではなく、既に本件被疑事件により逮捕状が発付されていた共犯者らとの不良交友等の不良行為が認められたことにより少年を補導するためであり、同日午後四時過ぎ頃までは同署補導室において不良行為の調査と補導を継続したうえ、少年を児童福祉法上の措置に委ねるのが適当であると判断して同日午後四時四五分頃半田児童相談所に通告し、一時保護の委託を受けたところその後同日午後五時頃少年が本件被疑事件の共犯者であることが確定的となつたので、同日午後七時頃まで犯罪少年として取調べを実施すると共に当裁判所へ緊急保護について電話連絡したところ、翌日同行するようにとの回答があり、また同少年は一五才で、逆送されることのない絶対的保護事件であつて、逮捕は少年の心身に及ぼす影響が極めて大きいので妥当でないと考える一方、輪姦事件の重大性から少年に動揺がうかがわれ、帰宅させることによつて家出をするおそれも認められたので、前記一時保護を継続した、ということである。しかしながら、(1)当裁判所が取寄せた×金×志に対する半田簡易裁判所裁判官発付の同年九月二〇日付逮捕状並びに同逮捕状請求書によれば、その被疑事実欄に本件被疑事件の共犯者として少年の氏名が明記されており、かつ前記のとおり少年が自宅から同行された直後の同年九月二一日午前八時四〇分頃前記×金×志に対する逮捕状が執行されたことが認められること、(2)更に(1)の事実に加えて、参考人×藤×子の司法巡査に対する同年九月一九日付供述調書謄本および司法警察員×辺×則作成の同年九月二〇日付捜査報告書謄本によれば、少年は、同年九月二〇日には既に本件被疑事件の最も有力な被疑者の一人と考えられていたと認められること、(3)前記釈明書によれば、同年九月二一日朝少年を自宅から同行した警察官は、半田警察署刑事課所属の司法警察員×木×郎他一名であり、少年係の警察官ではなかつたと認められること、(4)当裁判所の指示により追送された少年の上記司法警察員×木×郎に対する供述調書謄本は、当審判廷における少年の供述に照らし、少年の同行された当日の午前中に作成されたものと認められ、既に少年が本件被疑事件の概要を自白していることが明らかであること、等の諸点を総合すれば、少年が自宅から半田警察署へ同行された時は既に本件被疑事件に対する嫌疑が相当程度明らかになつており、同行は、少年を被疑者として取調べることを目的とし、当初から被疑者としての取調べが行なわれたことが明らかであるといわなければならず、これに反し、少年の不良行為について調査、補導中本件被疑事件が判明した旨の前記各証言および釈明書は到底信用することができない。(なお、同証言および釈明書中、警察官が当裁判所に緊急保護について電話連絡したが翌日同行するようにとの回答があつたという点については、当裁判所では夜間も宿直および当番制により、観護措置等の事務処理が可能な体制がとられており、当裁判所職員が上記のような回答をしたという事実は確認し得なかつた。)

(4)  以上によれば、少年は、本件被疑事件の被疑者として約一〇時間半の長時間にわたつて、保護者に立会の機会が与えられることもなく取調べを受けたうえ、一時保護の名目のもとに実質的には被疑者として警察署保護室に身柄を拘束されたものであることが明らかである。一般に、少年の刑事事件の捜査においては、捜査官は、特に年少者が法律的知識や権利意識に乏しく、かつ、被暗示性も強いという特性を有することを十分理解し、また、その情操を害することのないよう深甚の配慮を尽すべきであり、このような趣旨に基づいて、少年警察活動要綱(昭和三五年三月一八日警察庁乙保発六警察庁次長)九条には、面接上の留意事項として、「面接時刻はできる限り少年の授業中若しくは就業中の時間または夜間遅い時刻を避けるとともに、面接時間は、長過ぎないようにすること(一号)。やむ得ない場合を除き、少年と同道した保護者等その他適切と認められる者の立会の下に行なうこと(三号)。」と規定し、また、同八条三号に、「呼出しに当つては、できる限り、その用件を明らかにした書面をもつてし、かつ、保護者等の納得を得て行なうように努めるとともに、必要に応じ、これらの者の同道を依頼すること。」と規定しているものと解せられるのである。そうすると、当時一五才の本件少年について、前記のように保護者の立会のない状態のもとで、長時間にわたつて行なわれた本件取調べは、捜査における少年保護の理念並びに上記少年警察活動要綱の各規定の趣旨に反し、著しく公正を欠く捜査方法であることは明らかである。そればかりでなく少年の年令、取調の状況および取調べの時間を総合的に観察すれば、本件取調べは、少年が何時でも任意に取調べを拒否して前記補導室から退去することができる状態のもとに行なわれたとは認め難く、もはや任意捜査としての許容限度を超え、事実上の身柄拘束状態のもとにおける取調べであるというべきである。特に、少なくとも、前記のとおり午後四時四五分頃警察官が半田児童相談所に通告し、一時保護の委託を受けた後の取調べは、実質的に逮捕に等しい身柄拘束の状態において行なわれたものといわなければならない。すなわち、いうまでもなく、児童福祉法三三条一項に基づく一時保護は、同法所定の各種福祉的措置を目的とするものであり、それ以外の犯罪捜査等の目的でこれを利用することは許されないと解すべきあり、従つて、既に犯罪の嫌疑の概要が客観的に明らかにされた本件少年については、同法二五条による通告が許されず、かつ、同法上の福祉的措置に委ねられないことが明らかである以上、一時保護による身柄拘束は許されない。従つて、本件一時保護は、専ら犯罪捜査の必要から少年の身柄確保のために利用されたものであつて、一時保護の制度本来の目的に反する濫用であるといわなければならない。そして、少年が捜査機関たる警察の直接の監視下に置かれた本件一時保護は、実質的に逮捕と何ら異なるところはないから、事実上令状主義を潜脱する違法逮捕であるということができるのである。(なお、一般に少年を逮捕した場合も原則として警察署保護室に留置することとされている)。前記各証人の証言および釈明書が、逮捕が少年の心身に及ぼす影響が大きく妥当でないので、一時保護したという部分は、警察署保護室における一時保護に関する限り、少年の情操保護の観点からみても全く理由がないことは、上述したところから明らかであろう。

(5)  以上から明らかなように、少年に対する本件取調べは、少年保護の精神に照らして著しく公正を欠くばかりでなく、事実上の身柄拘束、特に一時保護の名目のもとに令状主義を潜脱した違法逮捕による身柄拘束の状態において行なわれたもので、重大な違法がある。

そもそも、少年保護事件の手続は、少年の人権を保障しながら事案の真相を明らかにし、かつ、手続の全過程を通じて教育的配慮を払いつつ、少年の福祉のため適切な処遇を加え、もつて、少年の健全な育成を期すべきものであることはいうまでもなく、人権保障、真実発見および教育的、福祉的配慮の三つの理念のもとに少年保護のための適正な手続が確立されなければならないのである。そして、非行の発見および証拠資料収集のための捜査過程は、少年保護事件の中でも重要な地位を占めているのであり、捜査の手続に重大な違法がある場合に、これを看過しては前記少年保護の理念に従つた適切な処遇は望めないことにもなり、この意味において捜査が適正な手続に従つて行なわれるということは適正な審判のための基本的要請であるということができる。そして、もし重大な違法手続によつて証拠収集が行なわれたために、それに基づいて非行事実を認定し、少年に処遇を加えることが著しく正義に反すると認められるときは、裁判所はその証拠を非行事実認定のために採用することは許されないと解すべきであり、その結果、場合によつては少年に対する保護処分の権限を失うことになることがあるとしても、それ以上に、手続の違法と当該証拠の排除を少年、保護者の前に明らかにすることが、少年の人権保障に必要であるばかりでなく、市民としての健全な権利意識を育成すると共に司法に対する国民的信頼を確立するという教育的観点からも必要であるというべきである。

そこで、少年の前記供述調書について考えてみると、前記のとおり、手続上極めて重大な違法があり、かつ、少年保護の観点からも著しく不公正な取調べに基づいて作成されたものであると認められるので、審判の適正な手続の理念に照らし、その証拠能力は否定されるべきであり、もはや非行事実認定の証拠として採用することができない。

六  よつて、少年法二三条二項を適用して、主文のとおり決定する。

(多田元)

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